もっとかなしく

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人間の悲しい涙がウイルスを無毒化する。世界流涙協会がそう発表した翌日、ドラッグストアの棚から世界中の悲しい涙が消えた。
差別や暴力の涙はもちろん、別れの涙や悔し涙までが飛ぶように売れてどの店にも行列が絶えない。国産の涙は悲しみが薄いというが本当だろうか。うちの夫はよく泣くし、私はひどい妻だから、きっといい涙が取れるはず。
親戚や友人から涙を分けてほしいと頼まれた私は、屋根裏部屋に夫を閉じこめて、悲しい映画ばかりを観せ続けた。雨どいを設置して、階段下のボトルに涙が流れこむ仕組みもつくった。
検涙官に夫の涙を調べてもらうと、幸せの成分が多くて消毒より調理に使うことを勧められた。
「もっと悲しんでよ」
私は泣いている夫を責めた。
「悲しいよ」
「じゃあどうして」
「僕には君がいる。悲しいだけじゃないから」
とめどない私の涙が、ししおどしを鳴らして庭の池にたまる。
「使えねぇな」
検涙官が呟いた。
公開:20/06/04 09:49
更新:20/06/04 10:47

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