まじないミラー

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今日最後のヘアカットを終えてお客さんを見送ると、大きな鏡に写った自分自身と目が合った。

師匠から譲り受けた鏡だ。

いや、師匠だなんて呼んだことは一度もない。一緒に働いてた頃は生意気ざかりで、他人に何かを教わろうなんて気はさらさらなかった。だから「独立祝いに鏡を…」と言われたときには、「は?いらねえよ、んなもん」って鼻で笑った。でも、写り込む自分がいつもとは違って見えて。

「自分の姿って直接は見れないだろ?この鏡さ、見れんだよ」

容姿ではなく印象が写るという。しかも直近で会った人が抱くそれが。だからわざわざカット台の前に置いた。スタイリングを仕上げたとき、本気で素敵だなって思えているように。

子供じみてる、と自分でも思う。でも、ここまで来れたのは鏡のおかげだ、とも思う。

明日、スタッフの一人が独立する。鏡を譲ると言ったらどんな顔をするだろう。写った自分の顔、一生覚えておけよ。
その他
公開:20/06/04 22:41

糸太

400字って面白いですね。もっと上手く詰め込めるよう、日々精進しております。

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