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「寂しいよー!」
仕込みにやってきたまちを歩いていると、そんな悲鳴のような声が聞こえた。騒がしいまちは嫌いだ。早く仕事を終えて優しい妻の待つ家に帰ろう。私は住民のような顔をして高級マンションの塀を乗り越える。どんなに不審な行動でも住民のような顔をしていれば捕まることはない。それは長年の経験から学んだこと。三度の飯より職務質問が好きな警察官だって私という存在に足を止めたりはしない。世界中の誰よりも住民のような顔をした私だから。
「虚しいよー!」
あぁ。騒がしいまちだ。どこかでガスが漏れている。そんな気配を感じて、私は火花が起きないように、寝た子を起こさないように、慎重に窓を破った。私の胸のポケットからこぼれ続ける火の粉は、この部屋で、大統領のキッチンで、美味しいパンにするつもり。革命前夜。だから許して。希望のまちをつくるから。血を一滴も流さずに、美味しいパンでこのまちを変える。世界を変える。
公開:20/06/04 18:03

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