食っている女とはたかれたい男

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 両手を揃えて口元に寄せ、まるで卓上のスマホにイエス・キリストでも降臨しているかのように深く首をおりまげて、もしゃもしゃと掌の内に隠した白い四角いものを、ゆっくりと食っている夏服の女を見ている男がいる。
 食パン一枚を八等分した程度の生白いそれは、女の唇の間でぶるぶると震えていた。
 ――間違いない。はんぺんだ。
 男はそう確信すると、持参したカレーライスが若干弁当箱の側面に垂れていることを気にしながら、夏服の女の手元から目を離すことができなかった。男は弁当箱に蓋をすると、一直線に女の真正面へ移動してドカリと座った。空いた社員食堂で、男の動きはとても目立った。
 女はぎょっとして、手の中でぶるぶるさせていたそれを慌てて口に頬張った。男は大きく頷いて囁いた。
「大丈夫。他には誰も気づいていない。俺もはんぺんは大好きさ。だから。な。いいだろ?」
 その夜、女はますますはんぺんが好きになった。
その他
公開:20/06/03 16:41
胡麻油さんによる 写真ACからの写真

新出既出20( 浜松市 )

新出既出です。
twitterアカウントでログインしておりましたが、2019年末から2020年年初まで、一時的に使えなくなったため、急遽アカウント登録をいたしました。過去作は削除してはおりませんので、トップページの検索窓で「新出既出」と検索していただければ幸いです。新出既出のほうもときおり確認したり、新作を挙げたりします。どちらも何卒よろしくお願いいたします。
自己紹介:「不思議」なことが好きです。

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