ベランダのレストラン

　倉橋千鶴はギリシアに移住してもう五年になる。勤め先は地元のレストランで、店は繁盛しており毎日充実していた。
　彼女の住む集合住宅はエーゲ海に面しており、宝石のラピスラズリーを思わせる鮮やかな蒼い海と、百合のように白い清閑なギリシアの街並みをベランダから見渡すことができる。千鶴はこの美しい景色を独り占めしておくのはどうにも忍びない気がしていた。そこで、月に一度だけ自宅のベランダをレストランとして開放することにした。といっても一日のお客は一組限定なのだが。日本のツアー会社の協力を得てギリシアへ観光で訪れた日本人に、地元ギリシアの食材と料理を振る舞った。ちなみにベランダには海鳥がやって来ることもある。お客の反応は上々だった。彼らもきっとギリシア人の生活気分を味わえたことだろう。帰り際には、一緒にチェキを撮らせてもらい部屋のコルクボードに飾った。笑顔の写真が増えるたびに千鶴は幸せを感じた。