また暮れてゆく

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「一本つけてください」
夕方と呼ぶにはまだ少し早い時間。
私は地区に一軒しかない馴染みの蕎麦屋で燗酒を呑む。
小上がりの窓辺で、見渡すかぎりの草原を眺めて夕暮れを待つ。アテは小肌と風の音。酒は二合で、〆は鴨汁。
自宅はポニーで10分ほどの場所にあって、妹からはウチで呑めばいいのにと言われるけれど、私はこの店が好きで、この時間が好きで、この店の女将が好きなのだ。
辺りの草原は自然保護区に指定されていて、区内に生まれた者は外に出ることを禁じられている。電気やガスはなく、日が暮れれば眠るだけ。私は外の世界を知らない。
若い頃、狩りの途中でこの店を見つけたときは本当に驚いた。私はそれまで家族以外の人間に会ったことがなく、会話や喜びの表現も出来ずに女将を困らせた。
あれから15年。私と女将の距離感はあの日のまま。
キリンの首が長いのはお兄ちゃんに焦れてるからよ。
また夏がきて、妹は私を笑うのだろう。
公開:20/06/01 11:01

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