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 見つめあったまま顔を近づけていくと鼻先がぶつかった。わたしたちは共犯者の微笑で互いの頭を少しだけ傾ける。あなたの瞳に映るわたしの瞳に映るあなたの瞳に映るわたしの瞳に映る……
「合わせ鏡みたい」
 わたしたちは悪戯好きの大人だから目を開いたまま、唇と唇が柔らかく触れ合う瞬間 ――が、こない。
 触れたのは冷たく硬い鏡の連続だった。どんなに顔を近づけても、割れた破片が唇を傷つけていくだけ。そのわたしの唇だって、薄くて冷たい鏡の唇の繰り返し。
「そんな馬鹿な」
 と抱き合う腕に力をこめる。こんなに近くにいるはずなのに、唇だけがこんなにも遠い、合わせ鏡の彼方……
 わたしは怖くなって目を閉じた。そしたら柔らかで温かなあなたの唇が無限の距離を難なく詰めてくれた。
 わたし、安心して目を開けた。彼と目が合った。
 唇はこんなに近いのに、暖かだったあなたの身体が冷たく薄い鏡の果てへ、遠ざかっていった。
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公開:20/05/31 09:18

新出既出20( 浜松市 )

新出既出です。
twitterアカウントでログインしておりましたが、2019年末から2020年年初まで、一時的に使えなくなったため、急遽アカウント登録をいたしました。過去作は削除してはおりませんので、トップページの検索窓で「新出既出」と検索していただければ幸いです。新出既出のほうもときおり確認したり、新作を挙げたりします。どちらも何卒よろしくお願いいたします。
自己紹介:「不思議」なことが好きです。

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