途方の砂

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途方に暮れた彼の横顔が日本の風景100選に選ばれた。
彼を途方に暮れさせた私のもとにはその秘訣を知りたいという人々が世界中からやってくるようになった。
彼は熱く注目されたことでその輪郭が溶けはじめて、このままでは美しい風景が崩れてしまうだろう。彼が彼ではなくなってしまう。
途方に暮れた彼を見ているのは私にとってせつないことだったのに、今はなんだか誇らしい。彼ってすごいでしょ。美しいでしょ。この喜びを世界中の人々と共有できる幸せ。
そんな私を見つめる彼はますます途方に暮れていて、私は世界から賞賛される。
ぽとり。彼のしずくが落ちる。
ぽとり。私のしずくも。
観光客が途絶えると、私は月明かりの浜辺に彼を埋める穴を掘った。
彼を失いたくはない。私を失いたくない。私は彼と砂底に飛び降りた。時をさらう波が私たちを世界から遠ざける。
「途方ってどこにあるの」
私が聞くと彼の風景はくしゃくしゃに笑った。
公開:20/05/27 09:45

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