富櫛(とみくし)

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「ちょっと、櫛を落としましたよ」

両国の渡し場で、一銭蒸気から降りた時、
明治生まれの祖母は、女性に声をかけた。

女は滑らかな白い手をしていた。

遊郭へ仕出しを届けていた祖母は、すぐ気づいた。
身請されて日が浅いんだと。


女は祖母に、

「あんたに、やるよ」

と、そのまま去り、川辺の大店に入っていった。

それから、祖父母の店は上向いていった。
祖父母は新橋に店を構えた。

「この櫛が来たからだ」

と、祖母は喜んだが、祖父は気味悪がって、

「日枝神社にいくらか納めておこう」

と、浄財した。


ある日、あの元芸妓がきた。
川辺の大店が傾いてると聞いた祖母は、櫛を返した。


「戦後、あの櫛を一度だけ見たんだ。美術館で」

持ち主の店を繁盛させては潰す「富櫛」と呼ばれていたと書いていた。

「お金が集まりすぎ、人の狂気も集まりすぎた。
 私はあの櫛を持つ器じゃなかったんだ」
その他
公開:20/05/26 13:54
更新:20/05/26 15:09

Aymie

モノ書き・ストーリーテラー。

朗読イベント「オトネリ会」主催。

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