涼見酒

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都内に隠れ家的なバーがある。夏の期間だけ開店する『涼之景』だ。
店内には、涼しげで品のある初老のマスターが一人と、カウンター席が五つあるだけだ。メニューも「涼見酒」の一品で、その名のとおり涼みながら喉の渇きを潤すために飲む酒だ。
涼見酒は、四十七都道府県の夏の景色からセレクトでき、実家のある神奈川県の涼見酒をオーダーした。
しばらくして何の変哲もない無色透明な水割りが出てきた。ただ、驚くべき光景はこれからだ。
明るい店内を真っ暗にすると、涼見酒の入ったグラスの中に、見覚えのある湘南の海と浜辺、そして江の島が見えた。
涼見酒を一口啜ると、波の音やサーファーの声とともに、一陣の浜風が店内を吹き抜けた。
爽快な涼見酒で心地よく酔いがまわってくる。するとグラスの中では、湘南の夜空に納涼花火が打ち上がった。色とりどりの輝きが実に華やかで優雅だ。
店を出ると、江ノ電の走り去る音が遠くから聞こえてきた。
その他
公開:20/07/25 19:42
更新:20/07/25 19:45
神奈川県 湘南 浜辺 江の島 サーファー 納涼花火 江ノ電

SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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