思い出横丁

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目の前のビル群がゆらゆらと揺れて、いくつもの風景が重なって見えた。
僕がその風景をシャッフルすると、依頼された時代に変わった。
「そう、この横丁だ。赤いレンガの写真屋。銭湯の奥に俺の家が」
男が魅入られたように道の向こうを凝視した。
僕はその横顔を見ながらほっと息を吐く。
これが僕の仕事だ。幾重にも重なった時間の中から、お望みの瞬間を取り出してみせる。
怪しげなせいか、クチコミ頼りの仕事なのになかなか評判が広がらず、久しぶりの依頼だった。
「素晴らしい…おい見ろ、石段の上に人がいる。ひとり、ふたり、さんにん。あれは親父だ。親父とお袋と、俺だ」
男はいきなり目の前の横丁に走り込んだ。
「待ってください!」
僕の力ではそう長く固定できないって言ったのに!
目の前の風景がシャッフルされて、また元のビル群に戻った。

はぁ、またか。これじゃいくらやってもクチコミは広がらないや。
転職しようかな。
ファンタジー
公開:20/07/20 17:54

工房ナカムラ( ちほう )

ボケ防止にショートショートを作ります

第二回 「尾道てのひら怪談」で大賞と佳作いただきました。嬉!驚!という感じです。
よければサイトに公開されたので読んでやってください。

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