満塁アブラゼミホームラン

9回裏ツーアウト満塁、逆転サヨナラのチャンスにおれは打席に入った。
監督のサインを注視する。監督は両手で耳を塞いでいた。

あれか。

おれはバットを構える。

スタンドにいる応援団長、チアガール、吹奏楽部員、Yシャツ姿の生徒たち、見に来てくれていた家族。
ベンチにいる監督、マネージャー、一緒に戦ってきた仲間たち。
ここにいる、おれの一発に期待する全員が、それぞれ肩から下げていた黄緑色の虫かごからアブラゼミを指で摘まみ出し、空に掲げだした。
球場全体がビーンビーンという轟音に包まれる。
相手ピッチャーは、作り上げた平然面に滴る汗をユニホームの袖で拭う。
そして、小さく頷き、振りかぶっては力強く球を投げた。
おれは思いきりバットを振るう。

カキン！

轟音の中、快音が響く。
打球は美しい弧を描き、スタンドへと吸い込まれていった。
おれは相手ピッチャーに視線を移す。まるで抜け殻みたいだった。