桜の火傷のあと

0
2

 紅茶を飲むと桜の香りがした。
「桜の紅茶、苦手?」
彼女が心配そうに聞いた。胸が苦しくなる。桜は母を思い出す。
「なんでもないよ」と紅茶を飲んだ。
 夜、実家へ帰った。庭に母が植えた桜の木があった。幼い頃、枝に雷が落ちて大火傷をした桜。母との思い出はこれしか覚えていない。今からでも思い出を作れたらいいのにな。
 週末、彼女と遊園地の観覧車に乗った。
「相席いいですか」
 一人の若い女性が乗り込んできた。
 母さんだった。しかし母さんの姿は彼女には見えないらしい。
「腕に桜の花びらみたいな火傷の跡ができてるよ」と彼女が僕に言う。
腕には何もなかったはずだ。向かいに座っている、母の腕を見ると、そこにも、桜の花びらの形の火傷の跡がある。
 腕が雷に打たれたように熱い。蒸発して消えそうだ。母が、髪の毛の先から蒸発して消えていく。熱い。熱い。
 母がウィンクをすると、観覧車の中に、雪が降ってきた。
ファンタジー
公開:20/07/12 09:08

コメントはありません

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容