出発の旅

14
12

 僕は有名な観光地にやって来た。
 だが、その美しいはずの風景を見ても涙の滲むような感動はどこからも込み上げてこなかった。僕の心は干涸びているのだろうか。

 考えてみれば、こういう風景があるということは、ここへ来る前から僕は十分に知っていた。記念に撮ったこの写真も、同じ構図の写真がすでに観光サイトに載っている。わざわざ僕が同じものを撮り直す必要はあったのだろうか。

 僕は誰かの書いた感動的な特集記事を読んで、それを追体験するためにここへ来たことを思い出した。その結果僕は何を得ただろう。こんなコピー&ペーストみたいな冒険に意味はあったのだろうか。僕は社会の生み出す「人生で一度はやってみるべきこと」という強迫感の中に閉じ込められているのだ。
 もし本気で感動して涙を流したいなら、まずはこの思考の檻から出なければならないと僕は思った。

 僕は帰宅の準備をした。だが、それはむしろ出発だった。
その他
公開:20/07/10 20:38

水素カフェ( 東京 )

 

最近は小説以外にもお絵描きやゲームシナリオの執筆など創作の幅を広げており、相対的にSS投稿が遅くなっております。…スミマセン。
あれやこれやとやりたいことが多すぎて大変です…。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容