洗い残し

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深夜、すももパーティから帰宅した彼は手洗いを済ますと耳をスポンジで洗いはじめた。
嫌な話を聞いたという。
よく洗って耳を小さくすれば、嫌な話が聞こえにくくなると彼はいうけれど、それでは私の声も聞こえにくいはず。
「洗いすぎないで」
「なに?聞こえない」
みるみる小さくなる彼の耳。
耳は彼のチャームポイントだから、このままでは私の恋心が冷めてしまう。耳を無くした彼に何が残るというのだろう。その手を止めて。もう洗わないで。
私は歌うことにした。
彼に耳しかないように、私には歌しかない。だからお願い。耳だけは残して。
すでに耳の上部は洗い落とされてしまった。通勤で使うイヤホンはどうするの?マスクのゴムはどこに引っかけるの?
私は歌う。声の限りに。
すももパーティって何?もうあなたがわからない。
やがて彼の体は無くなり、シンクに残った耳たぶに、私の涙がひとしずく。それで彼はナメクジのように消えた。
公開:20/07/06 11:51
更新:20/07/06 11:56

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