星見酒

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幻のバーがある。一年に一度、七夕の日だけ開店する『天ノ川』だ。
店内には、星のように艶と品のある初老のマスターが一人と、カウンター席が五つあるだけだ。メニューも「星見酒」の一品で、その名のとおり星を見ながら飲む酒だ。
しばらくして何の変哲もない無色透明な水割りが出てきた。ただ、驚くべき光景はこれからだ。
明るい店内を真っ暗にすると、星見酒の入ったグラスの中に満天の星空が現れた。天の川を挟んで「織姫星」と呼ばれる琴座のベガ、「彦星」と呼ばれる鷲座のアルタイルが見える。グラスの中をかき混ぜると、二つの星が一つになった。
星見酒を一口啜ると、七夕伝説の場面が脳裏を駆け巡った。織姫と牽牛は、七月七日だけ年に一度、天の川を橋で渡り会うことができる。だが、その日が雨の場合、天の川が氾濫して橋を渡れず、二人の悲しみの涙から「催涙雨」と呼ばれている。
店を出ると、織姫と牽牛が流す涙のような雨が降ってきた。
その他
公開:20/07/05 07:05
更新:20/07/05 08:43
七夕 天の川 織姫星 琴座 ベガ 彦星 鷲座 アルタイル 牽牛 催涙雨

SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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