最後の一粒

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くり。
彼の背中には8つのほくろがあって線で結ぶと「くり」と読める。
私は幼い頃から栗が大好きで、老婆になった今も好きでたまらない。だから彼の背中に栗を見つけたときは胸がときめいた。ほくろが星のように見えた。
私たちは夫婦ではないけれど、春から共に暮らしている。彼は3つ歳上のお爺さん。互いに連れあいを亡くして独り暮らしだったから、こうしてふたりで隔離されるのが愉しい。猟師だったという彼は背筋がしゃんとして、白い髭が仙人みたいで、目は鳥のようにクリッと、五色沼のように深く美しい。
私たちは村でふたりだけの軽症者。村内で他に発症した人はいない。幸い症状も微熱と味覚障害だけで、それもお薬師さまのおかげだろうか、今はもう治った。
私は今日も彼のシャツをめくる。
この隔離生活が終わるまでに彼の星に名前をつけようと思う。星は見つけた人が名前をつけるのでしょう?
恋と老いは似ている。
彼が最後の甘い栗。
公開:20/07/03 13:57

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