いつものこと

0
2

 彼はいつものように自殺を決意した。
曖昧に光の拡散する空は、正しく彼の心情であった。
 彼はいざ飛び降りんと自分を鼓舞し、下の方を向いた。しかし、この日はとても暑かっため、なかなか足を宙へ踏み出せずにいた。
 どうしたものかと逡巡する最中、彼はふと目の前のビルに二人組の男女がいるのに気がついた。彼らの言葉は遠くて聞き取れなかったが、口の動きを見ると、どうやら、キ、レ、イ、ダ、ネ。と言っているらしかった。
 彼は憤慨を覚えた。しかしその感情はあっという間に寂寞に塗り替えられた。もはや彼には、自殺する瞬間をキレイと称するそんな倒錯した感想を咎める勇気も、力も残っていなかった。
 そうして彼は、ようやく自分が無力なこと、そして、今ここで立ち止まる意味は何もないことを悟った。
 そして、彼は──太陽は、真っ赤に染まった空の中から、勢いよく地平線に向かって身体を投げたのだった。
その他
公開:20/06/30 19:41

コメントはありません

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容