人魚を飼う

人魚を飼ってるんです。きれいですよ。足ヒレっていうのか、ひらひら泳ぐと鱗がキラキラ光を反射するんですよ。翡翠の粉が水中で舞ってるようで、いつまでも見飽きません。
金魚と違うのは、水槽は大きく、城を沈めておくのも忘れないで。彼女の注文どおりのをね。好みにうるさくて何度も作り直させられたよ。どっちが飼い主かわからない？ あっはっは、まったくだ。時々、唄ってくれる声がまたいい。引き込まれるんだよ。あの美声を、いつまででも聴いていたいねぇ。すべてを忘れられそうになる……。

そんなふうに語っていた男Sが、私のオフィスにいた。今はいない。会社にこなくなったと噂も流れたが、この春からのリモートワーク導入やらと皆があわただしくしていたので、目立たなかったらしい。

Sの行方は誰も知らない。人魚の話をよく聞かされていた同僚は、
「あいつ、水の中にひきこまれたのかもな。人魚をローレライって呼んでたよ」