未完の馬

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梅雨の晴れ間の夕暮れに、私は絵画の馬を追いかけた。
前脚だけの黒い馬。半身で歩くその馬の、後ろを歩く男の気配。
東京。ステーションギャラリー。
展示室を抜け出した半身の馬は、階段の壁のレンガを舐めながら、飼い主だろう男がやってくるのを待っていた。
農作業の合間に現れたようなその男の気配は、汗じみのランニングに泥のついた長靴を履き、未完の馬の後ろ脚を描く。
男の目は炎を秘めた木炭のように黒く優しく、それは馬の目と同じ。命はいつも儚くて、仕上がりを待たずに馬は駆け出し、表は逢魔。車も人も鳥もいない行幸通りを未完の馬が燃える夕空に遊ぶ。将門の首塚。皇居。時のない世界に馬はいななく。
私は堀端の街灯をひとつひとつ灯しながら、北へ向かう馬と男の気配を追った。
風に揺れる絵馬がカタカタと鳴り、赤い鳥居の連なりを抜けるとそこは十勝。
鹿追の大平原を駆ける一頭の馬を追って、男の叫びが、大地を描くのを見た。
公開:20/06/27 22:29

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