雲、孵る

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水路の際へせり出した枝に、雲が実っている。
それは齧れば歯に沁みそうな、よく熟れた檸檬の形をして、午後の光にやわやわ霞みながら連なり、細い枝を水面まで撓めていた。
「雲蛙の卵ですよ」
体を退いたのは、声そのものより中身に怯んだせいだ。熊手を担いだ老爺が目尻を下げている。
「クモガエル、ですか?」
「この辺りの梅雨の風物詩です。蜃気楼をご存じで?」
遠方の景色が逆さに浮かぶ現象。知ってはいるが答えを迷う。沈黙に頓着せず、老人は水路脇の溝を熊手で掻き始めた。
「海底の蜃(おおはまぐり)の吐息が蜃気楼を生み、水底の蛙が雨雲を生む。まぁ見ておいでなさい」

ふと風が涼しさを増し、枝を吹いた。ざっ、、と俄雨の音が弾け、連なる卵が無数の雫に分かたれ遡上を始めた。逆回しの雨と見えたそれぞれは、透明の尾を靡かせるオタマジャクシだった。
群れなす雲は見る間に成長し、空を銀に覆った。
雨の香りが鼻先を撫でた。
ファンタジー
公開:20/06/25 23:45

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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短編集『ショートショート・アソート』Ver.0~5
選集『花神の庭』
詩集『君に伝えたかったんだ。』

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