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6月の初め、しとしとと雨が降り始めると、数年前に他界した父のことを思い出す。
 
「羽生選手、また金メダルだって、かっこいいよね」
テレビでスポーツ選手や芸能人の偉業が報じられるたび、我が家の茶の間が湧いた。
そんな家族の様子に、いつもムッとした表情を見せる父だった。

父は石油会社に勤務していた。
プラスチック、合成繊維、エネルギー。
人の生活に不可欠なものを扱う仕事ではあるが、当時学生だった僕にとっては少し地味に思えた。

顏も知らないどこかの誰かの人生を支え続けた父は、梅雨の初め、顏も知らない誰かの車にはねられてしまった。

社会人になった今、人の生活を支える事の難しさが少し理解できるようになった気がする。

ありがとう。

顏も知らない誰かと、僕のスーパーヒーローに向けて呟いた。

「どや、父ちゃんも結構すごいやろ」
どこかで父が、大きな口から真っ白な歯を覗かせ、笑った気がした。
青春
公開:20/06/22 16:44
更新:20/06/23 14:07

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