月が見ている

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今年も堀の周りを見事な灰桜の雲が取り囲んだ。散り落ちた花弁が水面に輪を作り、花筏の下を潜る鯉の朱い背が現れては消える。頭上には三日月。風に小波立つ堀にその欠片が散らばり白金の様に煌めいた。

基っさんとは此処を何度か訪れたが、彼はその度に、厭な場所だねと云う。

「あの桜の木が揺れるとね、まるで人が藻掻いているように見えるのだよ」

春の青臭い風が枝葉の間を擽るようにすり抜け、サアサアと音を立て揺れる。花弁の、雨。

「桜の木の下には埋まっている、なんて言いますからね」

私が茶化して返すと、基っさんは目だけを此方によこし、再び揺れる桜を凝視した。月明かりに照らされた横顔が、少しばかり恐ろしく見えた。

「誰も埋まってやしないさ。とっくに吸い尽くされて、みんな桜の木になってしまった頃だろう」

気味の悪い冗談の後、彼が振り返り云った。

「もう帰ろう。今夜は月が見ているから」
ホラー
公開:20/06/23 11:35
怪談

蛇野鮫弌( ビリヤニがたべたい )

蛇野鮫弌 (はみの こういち)

一日一作を目標に。あくまで目標……

道草食いつつ逝きましょか。

Twitter @haminokouichi

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