満ちる

「少しは落ち着かれたらどうですか？」
大臣が苦笑いを浮かべ私に優しく申し出た。いやいや、落ち着いてなどおれんよ。何せこの扉の向こうでは今、妻が出産の真っ最中なのだ。世界を手中に収めた我とてこの時ばかりは無力を感じる。大臣よ、どうか今の醜態には目を瞑ってくれ。
大きな悲鳴が上がった。妻のものではない！私は居ても立ってもいられず部屋に入った。
生まれたばかりの我が子を抱く妻の姿を見て自然と頬が緩む。
私は妻に近づくとその手を握り、「よくぞ頑張ってくれた」と労いの言葉をかけた。
妻は微笑むと「勿体なきお言葉です」と返してくれた。
母子ともに健康。世界中の幸せがこの部屋に満ちるのを私は感じていた。
『魔王様！勇者が攻めてきました！』
将軍の報告に私は立ち上がるとマントを翻した。
魔王である以上、私はいつか倒される運命にある。しかしそれは今日ではない。
勇者よ。父となった魔王の強さ、見せつけてやる。