街角の活字

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 八丁堀の路地裏にビルの合間に取り残された小さな活版印刷所がある。
 今でも活字を組んで名刺や案内状などを印刷している。独特の風合いがあるが、時間も費用もかかるため、その良さを知る一部の人しか訪れない。
 ある日若い女性が、自分で漉いたという紙をもって訪れた。手漉きの紙なのでプリンターもオフセット印刷も受け付けないのでここにお願いするしかないのだと言った。
 印刷所の男は、依頼に応じて活字を組み、ゲラ刷りを見せ、何度か組み直しをして活版印刷機で印刷した。
 娘は丸一日その作業に興味深く立ち会った。
 一月後、男の印刷所の前に懐かしい面々が並んだ。かつてこの街角の主役たちだったてんぷら屋、うなぎ屋、写植・版下、写真製版、トレースなどの職人たちだった。
 あの日、手漉きの紙を持ち込んだのは、手打ちそば職人の娘で職人同窓会の案内状の印刷を依頼に来たのだった。
 
 
その他
公開:20/05/04 12:38

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