8
10
ああ、まただわ。
また、眠れない季節が巡ってきてしまったわ。
「ねぇあなた」
「ZZZ…」
夫のいびきなら平気なのに。お庭の蛇口を滴る水の音なら平気なのに。お義母様の酸素の音なら平気なのに。
ああ、聞こえる。今年は少し早い気がするわ。
「あなた」
「…何だ」
「また聞こえ始めました」
「何も聞こえないさ…」
これほど耳の穴の奥が痒くなるほどうるさい音が、夫には聞こえていないと知った直後から、わたしは何かを受け入れるフリをして、全てを諦めてしまった気がするの。
耳の穴の奥から這いあがって来るガサガサ、ゴソゴソ、カリカリ。その激しい息遣い。無数の、ひっきりなしの、未明の世界を揺るがす大きな音。それから悲鳴。無数の背中の裂けていく音。
私も蝉になれたらこの人におしっこをかけて、こんな家、出て行けるのに。そんな夢を見る自由さえもわたしにはないのね。だって、眠れないんですもの。
また、眠れない季節が巡ってきてしまったわ。
「ねぇあなた」
「ZZZ…」
夫のいびきなら平気なのに。お庭の蛇口を滴る水の音なら平気なのに。お義母様の酸素の音なら平気なのに。
ああ、聞こえる。今年は少し早い気がするわ。
「あなた」
「…何だ」
「また聞こえ始めました」
「何も聞こえないさ…」
これほど耳の穴の奥が痒くなるほどうるさい音が、夫には聞こえていないと知った直後から、わたしは何かを受け入れるフリをして、全てを諦めてしまった気がするの。
耳の穴の奥から這いあがって来るガサガサ、ゴソゴソ、カリカリ。その激しい息遣い。無数の、ひっきりなしの、未明の世界を揺るがす大きな音。それから悲鳴。無数の背中の裂けていく音。
私も蝉になれたらこの人におしっこをかけて、こんな家、出て行けるのに。そんな夢を見る自由さえもわたしにはないのね。だって、眠れないんですもの。
その他
公開:20/05/03 01:23
新出既出です。
twitterアカウントでログインしておりましたが、2019年末から2020年年初まで、一時的に使えなくなったため、急遽アカウント登録をいたしました。過去作は削除してはおりませんので、トップページの検索窓で「新出既出」と検索していただければ幸いです。新出既出のほうもときおり確認したり、新作を挙げたりします。どちらも何卒よろしくお願いいたします。
自己紹介:「不思議」なことが好きです。
ログインするとコメントを投稿できます