海老、ステイホーム。

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鬱々蒼蒼とした森の中に巨大な三角フラスコを地中に埋めた古代遺跡がある。最古の硝子素材で作られたそのフラスコは森の中でそこだけ樹々のない御嶽のような場所に埋められていて、口を開けた大地の底に光を捧げる聖地だったという。
激しい雨の降る星で静謐なフラスコは美術館でもあった。今も展示室を歩くと足音や心臓の鼓動が壁や光に吸いこまれて、体が足元から浮き上がる不安を感じる。水と空気の間。それは重力と浮力の間で、人と魚の間でもある。
展示室には胸を打つ絵画と震えるほどの造形物がある。だが今は誰もやってくることはない。守衛である私とこの美術館の館長である妻、飼い猫のスィンクが朝な夕なに巡回するだけ。
東経141°09′北緯39°42′。それは雨や木漏れ日、誰かの呟きが歌に変わる座標。昔はスィンクだけに聴こえた歌が今は私と妻の耳にも届くようになった。
だから今日もあなたは歌って。私は未来の森で耳澄ます海老。
公開:20/04/29 16:24
更新:21/05/10 19:21

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