夜を贈る

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瀬戸内の燃える夕陽に照らされて、僕らを乗せた路線バスは海沿いの小さな漁港と集落を縫うように走る。聡美は僕の手を肘掛けのポールに縛り、不動尊前で降りていった。
この先は熱くなるわ。逃げ出すような人じゃないのはわかってる。でも決まりだから。アディオス。ずっとあなたが好きだった。
そして聡美は僕に謝るようなキスをした。アディオス。いつもなら笑って流すその言葉が耳を離れない。
「車体溶解まもなくです」
最終アナウンスが聞こえると乗客がひとりまたひとりと降り、かわりに消防団員をふたりまたふたりと乗せた。
もしものために。彼女がくれたカプセルが口の中にある。本当につらくなったら噛むのよ、と。僕は覚悟を決めた。
バスを搭載したロケットフェリーは岩場に消防団員を配置しながら沖で燃える太陽に向かって加速する。
地球規模の放水がはじまった。鎮火しなければ夜はない。僕は行く。世界中の恋人たちに夜を贈るために。
公開:20/04/24 09:37

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