消失点

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村に住む老嬢の画家から新作を見に来ないかと誘われた。晴れた春の日に訪れた。画家はコテージ風の住居兼アトリエに一人で住む。緑に囲まれた静かな田舎である。アトリエには百号ほどのキャンバスが立ててある。風景画。古びた田園風景にひとりの女性。緑の木立のなかに赤い屋根の瀟洒な小屋。女性は後ろ向き。ふくよかな臀部に風がそよいでいる。画家自身かと聞くとそうではないと答えた。画家は私の前をさえぎって絵に向いて立つ。ちょうど絵の女性と重なる位置。しばらく見ていると絵の中に入った。何だやはり老嬢だったじゃないかと私は思った。絵のなかで老嬢は歩きはじめた。小さく遠のいてゆく。木々は繁みをゆらし草はやさしくささやく。絵の小屋に向かい、小屋の前で止まると扉を開けて中に入ってしまった。老嬢が消えた。風がおさまって静謐な景色がつづいた。
「どう、新作の出来は?」
アトリエの入口に立った画家が後ろから声をかけてきた。
その他
公開:20/04/24 08:52

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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