あぶ句

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 退職後、父はあぶ句を始めた。
 詠んだ句をあぶくにして吐き出すのがあぶ句で、詠まれた句はゆっくりと上昇し、やがて弾けて壊れる。
 良い句程、高く昇るのだそうだ。

 ある時、父は初めて良い結果が出たと、ご機嫌で句会から帰って来た。
「それでお父さん、どんな句を詠んだの?」
「覚えていないよ」
 あぶ句は、弾けて消えたと同時に、この世のどこからも完全に失くなってしまうそうだ。
 だから誰も覚えていない。
「そんなの、どこが面白いの?」と私が言うと、「だから面白いんだよ」と父は笑った。


 深夜の病室。

 人工呼吸器につけられた精製水のあぶくを見ながら、私はその事を思い出した。
 父は、こんな時でもあぶ句を詠んでいるのだろうか。
 でも、それがどんな句か、知る術はない。

 いくら望んだとしてもだ。

 「あぶ句なんて、いったいどこがいいのよ」
  私には理解できないままだ。
 
ファンタジー
公開:20/04/21 00:02

堀真潮

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