桜もち沈む

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深い深いお茶の底に今年も桜の季節がやってきた。
この辺りは「日本茶い溝」と呼ばれる茶底の谷で、地球で一番深いお茶が流れている。
茶底には地球が生まれて今日に至るまでのさまざまな茶葉が降り積もり化石化している。表面には比較的若い数万年前の茶葉があり、茶底で生きる私が歩くと甘く濁った霧のように舞うことがある。
私はこの季節になると岩陰の窓を開ける。茶底の庭を踏みしめて視界を茶葉で濁らせる。そうして見る桜並木がたまらない。いつか地上で観た恋愛映画のクライマックスのように幻想的で甘濁りなひととき。あのひとと食べた桜もち。川べりのキス。またねの背中。塩漬けの桜葉が今も私の恋を包んで茶底の谷に沈んでいる。私はきっとあの日の桜もちだ。
元気でいますか。
私は今もあなたを想っています。
今日もまたあのときの、三月の誰かが降り積もる。
私は茶底でひとり降るあなたを待ちながら、忘れてと忘れないでを歌ってる。
公開:20/04/20 15:40

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