シャッター

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娘の羽奈とカラオケではしゃいだあの日。
「ママ、楽しかったね」
あの曲は難しかったとかボカロは歌っていて気持ちがいいねだとか、帰りの電車の中でふたりで感想を言いあった。
車両には他に誰もいなかった。ふいに会話が途切れ、沈黙が訪れる。電車の走行音すら遠のいてゆく感覚。窓の外の夕日が車内で乱反射する。斑雲に鳥の群れ。
私達は黙ってその光景を見ていた。羽奈はもうすぐ就職のため寮に入る。旅立ちを心から応援していた筈なのに、何とも言えないほど寂しい気持ちになった。
行ってしまうんだね。
夜が柔らかく降りてくる。私は窓に映る羽奈の顔を心のシャッターで閉じ込めた。

あれから何十回の春が巡ったのだろう。羽奈はしわしわになった私の手をさすってくれている。泣かないで。その時が来ただけ。
あの日、カラオケ帰りの電車の中で、羽奈がこっそり泣いてたのを知ってるよ。見てたの!って笑って。羽奈の笑顔で、旅立ちたいの。
その他
公開:20/04/20 10:16

深月凛音( 埼玉県 )

みづき りんねと読みます。
創作が大好きな主婦です。ショートショート小説を書くのがとても楽しくて好き。色々なジャンルの作品を書いていきたいなと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
猫ショートショート入選『ミルク』
渋谷ショートショートコンテスト優秀賞『ハチ公、旅に出る』
ベルモニーPresentsショートショートコンテスト[節目]入賞『私の母は晴れ女』
ベルモニーPresentsショートショートコンテスト[縁]ベルモニー賞『縁屋―ゆかりや―』

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