即身樹

事件が起きた。山田さんがベンチに座ったっきり立てなくなった。
「座ると駄目だね。腰に根が生えちゃうよ」
笑って答えていた山田さんだが、ついに本当に根が生えた。根はベンチを突き破り、地面に潜り込むと大地に張り巡らせた。
「空は青いね。鳥はのどかだね。子どもは元気だし、風も気持ちがいい」
雨の日も雷の日も、山田さんはのんびり座っていた。やがて枝が生え、背筋が幹になり、髪が葉になり変わっていく。そよそよと吹かれながら、山田さんは穏やかに笑った。
「初めは少しだけだった。だけどね、だんだん増えてきてさ。だから、これでいい。いいんだよ」
山田さんは眠ることが多くなった。大人になった息子さんたちが、時々世話をしに来る。だけど、山田さんの口は語るだけのものになっていた。
「空に芽を。土には歯を。鼻はそのうち、咲かすからさ」
そうして、目を閉じた。
「だから、おやすみ」
山田さんはそれっきり、話さない。