団地妻ではありませんか？

「失礼ですが、団地妻ではありませんか？」
　背後から派手なネクタイの保険調査員風の男に声をかけられた。
「そのネクタイはカジュアルすぎです」
　と、私は指摘し、男が「これは、手厳しい」と苦笑いをしているうちに立ち去ろうとした。
　夕焼けにはまだ間がある商店街に、エプロンをしたまま、裸足にサンダルをつっかけて出てきた帰り道。籠からは大根と葱がはみ出している。マジックリンとゴム手袋も買ったので、籠をぶら下げている左ひじが痛い。
「失礼ですが」
　と、男は食い下がってきた。
「私は一人暮らしで未婚の男子大学生です。団地妻の要件を一つも満たしていません」
「そういうことではないのです」
　男は我が意を得たり、という顔で名刺を差し出した。
「結構です」

　こうして私は男を振り切り、家に戻ってきたのだが、夕食の後、一人でぼんやりと紅茶を飲みながら、「名刺くらい、もらっておけばよかったかな」と思った。