キャベツ羅漢

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「世界で最も美しい千切り」に私の切ったキャベツが選ばれたのは5年前のこと。それから私は全国各地で野菜を切って暮らすフリーの千切り業をしている。しかし今は外出自粛の日々。
熱血千切り畑!とか、日本縦断あなたの思い出千切ります!とか、収録予定のテレビ番組は中止となり、私は生活の不安から動画配信をはじめた。元カレ写真の千切り。朽ちた家屋の千切り。やはり何か違う。
私は一度立ち止まってキャベツの声を聞いてみたくなった。
東京の自宅から歩いて3日。私は三浦半島の岬で夜明けを迎えた。少し内陸に戻ると、地球の表面を緩やかになぞる湾曲した丘に見渡す限りのキャベツ畑が広がっている。藍色の空が徐々に明るさを増すと、ひとつまたひとつと、キャベツの羅漢が立ち上がる。ひとつとして同じ表情はなく、海に向かって笑顔だ。
私は自分に似た羅漢を探すうちに、迷いが消えてゆくのを感じた。私はキャベツを切りたい。美しく切りたい。
公開:20/04/16 08:07
更新:21/04/19 09:11

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