奉納家族

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早朝、最後の笑いが岸を離れた。
父は奥会津で奈良時代から続く渡し舟の船頭をしている。大きな笑いを積める舟ではない。小さくて粋な笑いだけを対岸の粋神さまに奉納するのが我が家の使命だ。
私たち家族は日本中から笑いを探している。皮肉や毒の中に光るものを探す兄。ほのぼのとした笑いを求める姉。末っ子の私はナンセンスな笑いを探し、母は自宅でてっぱんに磨きをかけている。父は集めたものを岸辺に並べ、奉納笑いを決める。年々粋な笑いは減り、近頃では舟を出せない日も多い。引退を決めた父は最後の舟に私を誘った。私は父の選ぶ笑いを面白いとは思えなかった。
「こんなの粋じゃないよ」
「あぁ。帰りだな」
父は対岸に私だけを下ろすと舟と朝もやに消えた。深く澄んだ笑いの森は、不純な心とつまらぬ笑いを漂白するように美しく私を追いつめた。
玉砂利のある祠のような家から生活の音が聞こえる。表札には萩本。
私はきっと試されている。
公開:20/04/11 07:37
更新:20/05/06 08:14

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