自身喪失

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多くの人がひしめき合い暮らす大都会。その日々の中で自分を見失う。そんな人は多い。自身の事が分からず、他人からも“自分が見えていない”と言われてしまう─。そして今日も悩める人がクリニックへやってくる。

「先生、私もう本当に自分が分からなくて……」

「具体的には、どのような時にそう感じますか?」

穏やかだが、どこか事務的な冷たさも感じられる声で医師が質問をする。カウンセリングルームの閉じられた扉の向こうで、受付係は退屈そうに爪を磨いていた。

「なるほど。鏡を見るのが辛い、と。」

「先生、私このままは嫌です。」

「ご心配なく。症状は一過性のものですから……」

ほどなくしてカウンセリングが終わり、部屋のドアが開いた。受付係が爪やすりを置いて、誰も居ない空間に会釈をした─。

最近クリニックで最も多い相談は、自分を見失い過ぎて、身体ごと見えなくなってしまうという症状に関するものだった。
その他
公開:20/05/24 22:56
更新:20/05/25 02:35
シュール

蛇野鮫弌( ビリヤニがたべたい )

蛇野鮫弌 (はみの こういち)

一日一作を目標に。あくまで目標……

道草食いつつ逝きましょか。

Twitter @haminokouichi

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