カップケーキ

　甘いものなんて好きじゃない。でもカップケーキは特別だ。マドレーヌっていうのかな。僕が子どもの頃、雨が降ると母はよくカップケーキを焼いていた。陰鬱な雨の日に、すこしでも楽しくしようという思いだったんだろう。僕が幼稚園にはいる前くらいの話だ。


　金属の型に紙の型シートを敷いて、生地を流しこむ。そして空気を抜くために何回か、持ちあげてはかたかたとテーブルに落とす。それは僕の役目だ。


　いまは僕の娘がその役目をしている。世界的なパンデミックで政府は外出自粛要請を出した。僕もテレワークで一日中家にいる。仕事の合間に僕は娘とカップケーキを作る。


　僕の母はもう死んだ。カップケーキのレシピはネットで調べた。僕の妻はお菓子なんて作らないし、料理もあまりうまくない。でもそれでいいんだと思う。完璧な人間なんていない。


　カップケーキはすこし焦げてしまった。大丈夫だ。次回はうまく作れるといい。