約束

　東洋のパリと呼ばれた街に、リンという白のドレスを着た、透き通る肌を持った美しい女がいた。雲と街が紫色になる頃、しんとなり始めた通りにリンは現れる。彼女は黒いキャップトゥを履いた指輪のない男から客を取る。
　深い青の世界で、男と不文の約束が成立した。二人は手を繋いで歩き始め、隣の通りにある半世紀前に建てられた中国風の民家の二階にあるリンの仕事場に向かった。
　ふたたび空が紫色になった頃、男がリンに白いドレスのことを尋ねた。苦い黒い粉が舌にまとわりつく甘いコーヒーを一口だけ飲んで、リンが答えた。
「私と結婚したの。あなたはもう結婚できないわ。」

　男は翌年その街に来ることがあったが、リンはもういなかった。そして、その国を離れてもう十年経つというのに、男はやはり結婚することはなかった。男は刑事だった。重婚罪で指名手配を出してやろうかと何度か考えたが、そんなことできないのはわかっていた。