蕾（つぼみ）

「じゃあ、行くよ」
　彼女は微笑んで彼に手を振った。
　彼は彼女とその日、別れることになっていた。彼がきょう仕事から帰るまでの間に彼女はここを出て行く。
　2年一緒に暮らした。
　彼が帰ると、部屋には誰も居なかった。部屋の中ではあらゆるものが整えられていた。
　彼女は花が好きだった。いつも窓際の机の上に花瓶を置いてなにかの花を生けていた。
「あした咲くと思うわ」きのう彼女が花瓶の花を見てそう言っていた。
　机を見ると、朝は確かつぼみだった花が、昼間のうちに咲いて花びらを落とし散ってしまっていた。彼は苦笑いした。
「なんていう名前だったのだろう。どんな花だったのだろう」
　彼は初めて、花を気にした。