記憶販売 ②

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暑くも寒くもない部屋の空気を、チャーチオルガンの音色が静かに震わせていた。賛美歌だろうか、ライカには分からなかった。

医療行為を行う場所とはとても思えない室内。本棚にはクロスワードや数独の雑誌が並び、中には延々と素数が書かれただけの本もあった。壁際のディスプレイでは眩い虹色のトンネルが、観るものを吸い込まんばかりに蠢いていた。

やけにふかふかした肘掛け椅子が中央にひとつ。準備が済むまで座って待つよう言われていた。ライカが腰掛けるとどんどん沈んでいき、しまいに埋もれてしまいそうで、彼女は恐ろしくなった。

記憶の全摘出をすれば、もう母達の元へは帰れないだろう。そもそも帰り道も忘れてしまう。涙が溢れそうになったが、ライカは堪えた。小さい頃お気に入りだった、馬鹿馬鹿しい内容の歌を思い出し何度も頭の中で歌った。

畑のにんじん 盗まれた

うさぎの父ちゃん 捕まって

夕飯時に パイになる
SF
公開:20/05/20 19:02

蛇野鮫弌( ビリヤニがたべたい )

蛇野鮫弌 (はみの こういち)

一日一作を目標に。あくまで目標……

道草食いつつ逝きましょか。

Twitter @haminokouichi

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