書く描く掻く

0
2

 筆が進まずに男は唸った。
 張り切って椅子に座ってはや三時間。原稿用紙は三行ほどしか埋まっておらず、頭上にある時計がちくたくと針を進めるたびに男はため息をつく。
 課題の最低条件である原稿用紙一枚が数百枚の束に見える程、今の彼にとっては膨大な文字数だった。
 書くべき文が思いつかず、試しに用紙の端っこに絵を描いてみる。
 絵は意外にもうまく描けたが、肝心の文章はいかんせん浮かんでこない。絵日記のようになった原稿用紙が彼のため息で僅かに揺れた。
 いっそのこと今の心情を文にすればいいんじゃないのか?
 ふとそんなことを思う。
 指定されたのは原稿用紙の枚数だけで、ルール違反ではないはずだ。
 しかしこんなしょうもない事を書いていいのだろうか、という疑問と罪悪感が先に出て、原稿用紙が文字で埋まることはなかった。
「うーん、終わらない」
 見えぬ脱稿に、男は頭を掻いた。
その他
公開:20/05/20 18:52

コメントはありません

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容