午後の不在

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「豆大福をひとつ」
いつも開店と同時にやってくるジャージの男が阿弥陀さまであることを私は薄々感じていた。でもそれを口外しては駄目だとお風呂の中で店長は言う。寺の門前で商売をするということはそういうことなのだと。
「包みは無用にて」
男の声は胸に直接届く。そっと差し出す手に、私がアルコールスプレーを吹きかけると、その美しい両手は滑らかに重なり、清流を遊ぶ稚鮎のように朝陽を瑞々しく散らした。
私は豆大福を男の手にのせて、合掌したい気持ちを懸命に堪えた。
私の勤務は早番で昼過ぎには帰宅する。いつからだろう。仕事を終えた店長が私の部屋に通うようになったのは。
「俺も早番で苦労をかけたな」
まるで人生の不在を詫びるような店長の呟き。私は残り湯に身を沈めながら、薄々店長は早くに他界した父なのだろうと感じていた。
翌朝。店の場所には阿弥陀堂があり、私は傍らにあるタイムカードを押して、静かに手を合わせた。
公開:20/05/20 16:06

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