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「どうしたらいいんだ」
俺は風呂場で頭を抱えていた。
明日実印が必要なのだが、どこにもないのだ。
むしゃくしゃして風呂に潜ると、湯の中に小さな人魚が泳いでいた。
優美なそれは口をパクパクさせ何か伝えようとしてきた。
ゆ、う、と?
風呂から出て、四歳の息子優斗に実印のありかを聞いてみた。
「はんこ? 知ってるー」優斗はおもちゃ箱の奥から無邪気に実印を取り出した。
それ以降風呂に顔をつけると何でも人魚が教えてくれるようになった。

俺は非常に困っていた。
友人が失踪し、多額の借金を負ったのだ。
例のごとく風呂に潜ると人魚が優しく微笑んできた。
しかし口を開くことはない。必死に息をとめ、人魚の口元を見つめ続ける。
苦しい。でももう少し……。
やがて人魚はゆっくりと口を動かした。あ、な、た、が……

葬儀が済み、多額の保険金が入った妻はうっすらと微笑んだ。
その優美な微笑みは、あの人魚と瓜二つ。
SF
公開:20/05/19 13:15
更新:20/05/21 12:28

牧原加奈( 大阪府 )

牧原加奈です。
よろしくお願いします。

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