洋服タンスの中で

洋服タンスの中から「俺、もうここから逃げたいよ」と聴こえて来た。
何事かと覗いて見ると、背広がワンピースに蹴られていた。現役時代の頃はこのタンスの中は、俺達が占領していたのに、いつの間にかに「もうお呼びは無いよ、あっちへ行ってよ」と仲間達は次々追い出され押し入れに引っ越した。
最後まで残っていたブランドの背広も遂に、いじめられている。

「頑張ろうと思ったが、結局は着られる機会もないのだし」と、思い切って押し入れに転居した。
ここでの話では、仲間のいくらかはすでに粗大ゴミの日に
「暇を出された者もいる様だ」、これでは自分も先行き心配だなァ。
とは言えここはスペースにも余裕もあり、当分は大丈夫だろう。

どうせ表舞台に出ることも無さそうだし、のんびりと皆と楽しく過ごすのも良かろうと思えた。
隣り合わせの背広達と一列に腕を組み、ラインダンスを始めた。あっちえチッタカタ、こっちえチッタカタ。