ぷーん

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「私、虫を殺したの」
「そう」
「驚かないのね」
「誰だって虫ぐらい殺すさ」
「私ははじめて」
「どんな虫」
「ぷーんって鳴いてた」
「蚊か」
「ぷーんって」
「あれは鳴いてるんじゃなくて羽音なんだよ」
「彼に羽根なんてないわ」
「彼?」
「鼻が長いの」
「あれは鼻じゃなくて針だよ。血を吸うための口だ」
「伏し目がちで」
「蚊が?」
「悩んでたみたい。私とのこと」
「血は出た?」
「わからない」
「潰したんだろ」
「そんなことできない」
「じゃ殺虫剤で」
「そんなの持ってるような女だと思うの?」
「そうじゃないけど」
「急に別れるって言うから」
「誰が」
「虫」
「よせよ」
「はじめてだったの」
「俺にどうしろってんだよ」
「気が触れたら俺の所に来いって言ったじゃない」
「気が向いたらだよ」
「えっ…」
「お、おい泣くなよ」
「飛んでるの」
かゆみが出たのは彼女が去ってしばらくしてからだ。
公開:20/05/13 10:23

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