鮫の降る夜

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「ヘネシーですか?」
マスターは怪訝な顔で客に尋ねた。
「“モエシー”だ。ロサ・モエシー。あちらのご婦人に言ったのさ」
ハットをテーブルに置き男は煙草に火を点ける。
マスターは狼狽えながら男に言う。
「申し訳ない。“モエシー”という銘柄はウチにはありません、ですから……」
「薔薇よ」
カウンターの隅から声がした。深紅のドレスに身を包んだ女が二人を見つめていた。
「私“オールド・ローズ”って訳でもないけどね?」
微笑む彼女はそれなりの歳に見えたが、品のある佇まいの中にどこか少女のような溌剌さも併せ持っていた。ブロンドの髪が眩しい。
「こんな都会に咲いてるなんてね。赤い原種は珍しいのに」
男が彼女に歩み寄り、視線が交錯した。二人は互いの瞳の中に優しくも仄暗い、同じ色の光が宿るのを見つけた。
─その頃、近海で巨大な竜巻が発生し、海中から大量の人喰い鮫を巻き上げながら、夜の街へと近づいていた。
その他
公開:20/05/11 02:04
更新:20/05/13 02:35
サメ

蛇野鮫弌( ビリヤニがたべたい )

蛇野鮫弌 (はみの こういち)

一日一作を目標に。あくまで目標……

道草食いつつ逝きましょか。

Twitter @haminokouichi

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