マスク殺人事件

在宅勤務中だったその男はこんな時くらい家族サービスをと思い立ち、晩ごはんをつくることにした。スーパーへ買い物に。近所だからまあいいかと短パン、サンダルのラフな格好で自転車に乗った。

ちょっと緩みすぎたか。店に入ると、自分だけ、ある物を身につけていないことに気づいた。

マスクだ。

魔が差したとしか言いようがない。まあいいかとそのまま買い物を続けたのが運の尽き。見て見ぬふりな周りの視線が冷たい。そそくさとレジでお金を払って店を出ようとしたその時、背後から怒声を浴びせられ、売り場に置いてあった刃物で一突きされた。

「お前のような奴がいるから病気が蔓延するんだ！」

もちろん誰もが犠牲者に同情し、殺人犯を鬼畜扱いした、表面上は。

でも内心、誰もが冷ややかだった。

マスクしないのも悪いよね、と。

几帳面で潔癖性、そして同調圧力に流されやすい気質の国で起きた悲劇だった。