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 魚市場に来てみると、水槽に珍しい魚を泳がせている店があった。魚は人面魚だった。顔は疲れきった老人のようで、腫れぼったい唇は寝言を言うみたいに少し開いていた。人面魚は水槽の中をぶらぶらと泳いでおり、その様子は僕に電車の中で奇声を上げながらうろつく障碍者を思い起こさせた。魚の目はぎょろりと開かれているのに、どこを見ているかは見当がつかない。
 不意に小さな子供が、仲間と鬼ごっこをしていたせいか、前方を見ていなかったせいで水槽にぶつかった。
 水槽は地面に落ちて砕け散り、中の人面魚は地面に投げ出された。魚は腫れぼったい唇と顔の両脇に空いた穴を必死に動かし、体を不器用に震わせていた。僕や周囲の人間は押し黙った様子でそれを見ていた。誰も魚を手で持ち上げてなんとか助けようとはしなかった。
ふうふうふう、ふう、ふうと人面魚は呼吸をしていた。こんな状況になっても生きることを諦めないのかと僕は思った。
その他
公開:20/05/09 22:07
更新:20/05/09 22:09

本棚の隅っこ

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