ピアノの中の住人

僕たちがここに住んでいることは、まだ誰も知らない。
ピアノの中の世界は、住処として実際とても落ち着かない。
朝には足元の木の鍵盤が持ち上がって、ビックリして飛び起きる。
外の世界ではラジオ体操っていうのが流行っているらしくて、皆がピアノの音に合わせて一斉に同じ動きをする。こっちは鍵盤の奥のハンマーに必死でぶら下がる。

昼間は何やら騒がしい。今日は合唱部の伴奏があるようだ。
曲が盛り上がって、鍵盤の裏側で端から端まで、僕達がするするーっと滑らされて、落っこちそうになる時もある。命がけで木の板に捕まるんだ。

夜には優雅な響きのサロンコンサートも開かれる。
いつも落ち着かない僕達の居場所だけれど、この時だけは頭上に響く音色に、日頃の苦労が報われる気がするんだ。
軽快なワルツや甘美なメロディー、優雅な調べに身を任せ、これからも僕達は音に乗せられ、音に踊らされて、ここで生きていくんだ。